夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

北は今、聞いていない

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駅前で地図を開くと、青い点が私の居場所を教えてくれた。

場所は分かった。向きが分からない。

画面を少し回す。私も少し回る。目の前の横断歩道と、地図の上の横断歩道を同じ向きにしたいだけなのに、町を持ったまま踊る人になっている。

北を教えてくれる小さい印もある。北は今、聞いていない。私の前を教えてほしい。

立ち止まって確かめてから、歩いた。青い点が目的地から離れた。

そこは早く言って。

少し戻って、文具店への道を聞いた。教えてくれた人は「ああ、昔パン屋があった所の先」と言った。

そのパン屋を知らない。

「今はないんだけどね」

ないことは分かった。ない店を見つけて曲がるには、この町に何年くらい住んでいればいいのか。道順を聞いたら、受講していない授業の続きが始まった。

角にジムがある、と言い直してもらった。それなら分かる。今もある物には、初対面でも会いに行ける。

大きなガラスの向こうで、何人かが走っていた。

あんなに走っているのに、窓の端へ誰も近づかない。頭では仕組みを知っている。でも道を間違えて引き返した直後に見ると、移動しないためにずいぶん脚を使っている。

機械の前には、飲み物を置く場所まである。

歩いている私のほうは、鞄を持ち直すたびにボトルの角が脇へ当たる。あちらの飲み物は、本人が走っても付いてこなくていい。人だけ動いて、荷物はずっと休憩している。そこはかなりうらやましい。

走る機械の画面に、道の映像が見えた。

木のある道だった。気持ちよさそうだけど、あの道には信号待ちがあるんだろうか。何分か走ったところで赤になり、横から車を通すために立たされるなら、私なら画面を消す。

もし映像の中で、自転車をよけたり、横一列の三人が通り過ぎるまで待ったりするなら、そこまで本物にしなくていい。外を走らずに済む機械へ、外の面倒まで取り寄せたくない。

ただ、画面の道にパン屋があったら気になる。

横を通るだけなのか。止まれるのか。買えないクロワッサンの前を、健康のために何度も通過させられるのは嫌だ。

私はジムの角を曲がった。

今度は合っていた。地図の線に沿って進むと、文具店まであと三百メートルになった。初めから合っていれば、とっくに着いていた距離だ。

そこでスマホに、今日の歩数の目標を達成したという通知が出た。

逆へ行った分も、引き返した分も、全部きれいに足されていた。歩数計だけは、私の迷い方を一切気にしていない。

文具店はまだ見えない。

その分、帰り道を短くして。

この話の一冊

方向音痴って、なおるんですか?

吉玉サキ 著
交通新聞社

方向音痴の克服を目指す著者が、専門家に話を聞き、地図を手に街を歩くエッセイ。地図の読み方、地形、地名など、異なる角度から道と街に向き合う。

鳴海のひと言

地図に自分の場所が出ていても、次の一歩が決まらないことがある。迷わない人は、歩きながら何を見ているんだろう。私はまず、同じ道から拾っている手がかりの違いを知りたい。歩数を増やす前に。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。