夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

そこだけは、口が堅い

本をめくって読む

「内緒だよ」と言って、他人の秘密を教えられた。

私には言っていいという判断を、その秘密の持ち主以外が済ませている。

学校で、読んでいた本を閉じたところだった。同級生が机へ寄ってきて、私にだけ話す、と言った。まだ何も聞いていないのに、私はもう、誰にも言ってはいけない側へ入れられている。

秘密にも、受け取りを断る時間がほしい。最初の一文を聞いたあとでは、もう知らない人へ戻れない。

その人は、私の返事を待たずに話し始めた。

人の話を漏らす前だけ、ずいぶん信用してくれる。

声は小さかった。机の上へ身を乗り出し、片手で口元を隠している。そこまで丁寧に隠すなら、言葉のほうを出さなければよかったのに。

途中で椅子の音に重なって、聞き取れなくなった。

「え?」と聞き返すと、その人は最初から説明した。今度は少し大きな声で。

私が頷くと、安心したらしく、元の小声へ戻った。肝心な所がまた聞こえない。でも、三回目の公演を頼むほど興味はなかった。

小声は、聞いてほしくない人には隠せる。そのかわり、聞いてほしい人にも届かなくなる。耳へ顔を寄せられると、今度はこちらが、その人の髪の毛を避ける用事まで引き受ける。

私は本を机の内側へ寄せた。秘密より先に、袖で表紙を擦られるほうが気になった。

話には、途中から「心配だから」が付いた。

困っている本人は、ここにいない。相談相手に選ばれたらしい私も、その人と普段ほとんど話さない。心配の届く範囲より、話の届く範囲のほうがずっと広い。

「何かしてあげたら?」と言うと、「そこまでの仲じゃないし」と返ってきた。

そうなんだ。話していい仲ではあるんだ。

そのあと、スマホを見せられた。やり取りの画像だった。送った人の名前には、太い線が引いてある。

知られたくないという気持ちは、ちゃんと分かる人らしい。

線の下に、写真の端だけ残っていた。丸い画像を隠すには、線が一本では足りなかったようだ。私は誰の写真か確かめる前に、スマホを押し戻した。

名前を消したところで、話す時には名前が出ていた。画像のほうだけ、他人行儀にしている。

「これ、ほかにも見せたの?」

「信用できる人にしか見せてないよ」

しか、で人数を教えてもらえたことはない。

本を開き直すと、その人は「ほんとに内緒ね」と念を押した。帰る前に、こちらへもう一つ用事を置いていく。

私は、気になっていたことだけ聞いた。

「最初に、誰から聞いたの」

「それは言えない」

そこだけは、口が堅い。

この話の一冊

噂

荻原浩 著
新潮社・新潮文庫

香水の宣伝のため、女子高生たちの口コミで広められた架空の怪人の噂。都市伝説として広がったあと、その噂を思わせる殺人事件が起きるサイコ・サスペンス。

鳴海のひと言

誰かが話したくて渡す話を、次の誰かがまた渡す。その連なりを、今度は不穏な事件として追ってみたい人へ。香水を売るために作った話が、作った側だけでは済まなくなるという入り口を選びました。
私は、最初に流した人が、あとから同じ噂を聞かされる場面を想像してしまう。知っている話なのに、どこから戻ってきたのかは分からない。軽い笑いの続きより、殺人事件を扱う長めのサスペンスを読みたい日に。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。