しあわせまで読ませないで
目次
鳴海の偏愛棚
コラムの順番は気にせず、気になる一冊から。
望月鳴海の店番日記 · 横書き
喫茶店で、苺の飲み物を頼もうとして、名前の途中で止まった。
「ごろっと果実の、しあわせ……」
ここから先も、私が言うのか。
苺ミルクが飲みたい。それは認める。果実が大きいのもありがたい。でも、しあわせかどうかは飲んでから決めたい。注文の段階で、感想まで前払いすることになっている。
店員さんが待っているので、最後まで読んだ。自分の声で「しあわせ苺ミルク」と言うと、さっきまでメニューにあった甘さの一部が、私のほうへ移ってくる。
「苺ミルク、お一つですね」
短くしていいんだ。
そちらが使わない部分を、なぜ客に朗読させるのか。
指をさせば済んだと思う。ただ、隣の写真にはソフトクリームが載っていた。指先が少しずれるだけで、飲み物の注文が、倒さずに食べる用事へ変わってしまう。
飲み物が来た。
背の高いグラスに、苺の果肉が沈んでいた。太いストローも付いている。ここを通る予定で、あの大きさに切られたんだろうか。
吸うと、途中までは上がってくる。そこで止まる。
もう少し吸う。動かない。やめると、ゆっくり下へ帰っていった。
往復するところだけ、よく見えた。
太いストローには期待してしまう。普通のより広い道を用意されたのだから、通れるものだと思う。苺のほうも、もう少し自分の幅を考えてほしい。角度を変えれば入りそうなのに、入口でいちばん大きく見える向きを選んでいる。
スプーンを使うことにした。
長い柄のスプーンで、グラスの底を探る。家で飲むなら、こんな深い所へ苺を沈めない。
パフェも、横に広ければ食べやすそうだ。上のアイス、途中のクリーム、底のソースを、好きな順に選べる。今の形だと、上の人たちをどかすまで、底の様子はガラス越しに見物するだけになる。
底にコーンフレークがいると、少し急ぐ。
最初は乾いていたはずなのに、私が上の苺を丁寧に食べている間、下では溶けたアイスを吸っている。たどり着く頃には、食べたかった音がなくなっている。
とはいえ、大きな皿へ全部広げて出されたら、それをパフェとして頼むかは迷う。
高く積んであると豪華なのに、横へ広げた途端、冷蔵庫にあった甘い物を一度に出した感じがする。大きなスプーンを一本添えられたら、こちらも台所へ立ったまま食べそうだ。
苺ミルクを飲み終えて、長いスプーンを皿へ戻した。柄だけが、ずいぶん外へはみ出した。
会計で渡されたレシートを見た。
「苺M」
そこまで短くなるなら、先に教えて。
注文の多い料理店
二人の紳士が山奥の西洋料理店へ入る表題作をはじめ、「雪渡り」「なめとこ山の熊」など19編を収めた童話集。
鳴海のひと言
食べるために入ったはずの店で、客のほうへ次々に注文が来る。親切そうな説明を、二人がどう都合よく受け取るかも気になる。メニューを読むだけで済んだ私の用事は、かなり軽かった。出版社の公式試し読みを開く ↗
Amazonで見る(広告)
Amazonのアソシエイトとして、After 6 Laboは適格販売により収入を得ています。
鳴海の紹介と、本の詳しい情報を見る日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。