夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

その蜘蛛の巣は、わざとです

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ちりとりの手前に、ほこりが一筋残った。

店先を掃いて、ようやく全部ここへ集めたのに、最後の数ミリを越えてくれない。ほうきで押すと、大きいごみは入る。細かいのだけ、床に線を引いている。

ちりとりを少し後ろへ動かし、もう一度掃く。

線も少し後ろへ動いた。

何回か繰り返すと、さっきより細くなる。でもなくならない。私は掃除をしているつもりだけど、ごみのほうは、描く線をだんだん上手にしている。

床へぴったり押しつければいい。分かっている。左手に力を入れると、今度は右のほうきが雑になる。両手を使う仕事なのに、相談する頭が一個しかない。

ほうきだけなら、もっと華やかな仕事がある。

この前、帰り道の店で、ハロウィンの魔女を見た。黒い服で、とんがり帽子をかぶり、ほうきに乗って空を飛んでいる。紙に描かれた人だけど、床の一筋で止まっている私に、ずいぶん思い切った使い方を見せてくる。

私も飛べたら便利だとは思う。ただ、棒一本の上に座りたいかは別だ。

自転車には、少なくともお尻を載せるために作った部分がある。魔法まで使えるのに、そこは木の棒で済ませるんだね。飛ぶ仕組みを考える前に、座る所を少し太くする人はいなかったのか。

しかも、帽子のつばが大きい。

速く飛んだら、あれを押さえるために片手がふさがりそうだ。残りの手でほうきにつかまる。せっかく空へ出たのに、やっていることが、風の日に帽子を守るだけになっている。

あごひもを付ければ済む。

でも、あの大きなつばの下でひもをきっちり結んでいたら、少し遠足っぽい。人に呪いをかけに行く時も、帽子をなくさない工夫は要る。

その魔女の絵の周りには、白い蜘蛛の巣が張ってあった。

飾りなので、わざとだ。ずいぶん丁寧に、掃除していない部屋を作っている。糸を引っかけ、細く伸ばし、角のほうまで手を届かせたんだと思う。そこへ手が届く人が、その手で蜘蛛の巣を増やして帰った。

うちの店で同じものを見つけたら、私は取る。

隣には、黒い蜘蛛の飾りもいた。脚が一本ずつ曲がっていて、腹が丸く光っている。本物より大きい。あれくらい大きくても、動かないと分かっていれば近くへ置けるらしい。

本物は小さくても、いる場所が変わる。それだけで、さっきまで平気だった人まで立ち上がる。形より、次にどこへ行くつもりなのかが問題なのかもしれない。

飾りの蜘蛛が一匹だけ、翌朝反対の壁へ移っていたら、かなり困ると思う。誰かが直しただけかもしれない。でも、直した人が名乗るまで、私は壁のほうを見てしまう。

怖く飾るのと、本当に怖いのは、あまり仲がよくない。

私はちりとりを持ち上げた。床にはまだ、薄い一筋が残っていた。

飾りだと言い張るには、地味すぎる。

この話の一冊

魔女の宅急便

角野栄子 作・林明子 画
福音館書店

ひとり立ちのために新しい町へ来た魔女キキが、ほうきで空を飛ぶ力を使って宅急便の仕事を始める。黒猫ジジとともに、町の人々との出会いを重ねる物語。

鳴海のひと言

ほうきの座り心地を気にしていたら、飛ぶだけでなく、それで人の用事まで引き受ける話が気になった。魔法が一つ使えても、その使い道まで決まっているわけではない。キキが町で何を届け、誰と知り合うのかを見てみたい。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。