充実してないのは、画角のせい
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鳴海の偏愛棚
コラムの順番は気にせず、気になる一冊から。
望月鳴海の店番日記 · 横書き
「何気ない休日」と書かれた写真に、海が写っていた。
飲み物が二つ。知らない人の手。ちょうどいいところまで沈んだ夕日。
何気なく行ったわりに、ずいぶん全部そろっている。私の休日は、部屋のどこかで片方の靴下を探しているうちに、ちょうどいい夕日が終わる。
こういう写真を見ていると、自分の生活にも、写してはいけない部分が多すぎる気がしてくる。
電源コードとか。
役には立っているのに、写ると邪魔者になる。充電が切れたら何も撮れないくせに、働いている姿は見せたくないらしい。
おしゃれな部屋の写真にも、コードがほとんどない。あの家の人は、どうやって電気を使っているんだろう。写真の外で、すごく長い延長コードが何もかも引き受けているのかもしれない。
私はそちら側を見たい。家具の配置より、そこの解決方法が必要なので。
部屋の写真といえば、ベッドの上にクッションが何個も置いてあるのも気になる。
寝るとき、どこへ行くの。
床なら、毎晩ベッドから荷下ろしをしていることになる。疲れて帰ってきても、先に寝床を使っているクッションをどかさないと眠れない。
あれだけふわふわした物を買って、眠る人の仕事が増えるのは納得しにくい。
「生活感をなくす」って、生活しないときの状態を長く保つことなんだろうか。
私の机は、何かを始めた途端に生活感が出る。本を開く。しおりを置く。お茶を飲む。それだけで、さっきより写真にしにくくなる。
ちゃんと使うほど見た目が悪くなるなら、使っていない部屋が一番えらい。
モデルルームの人がうらやましい。誰も住んでいないのに、いつも褒められている。
食器もそうだ。「もったいなくて使えない」としまってあるものがある一方で、いつも使う湯飲みは、見栄えがしないと言われる。
割れたら惜しいものは休ませて、割れても惜しくないものが毎日働く。
そのわりに、来客があると休んでいたほうが出てくる。日ごろお世話になっている湯飲みに、あまりいい話ではないと思う。
私は、いつもの湯飲みがいい。どれくらい入るか分かっているし、洗うときに模様の溝を気にしなくて済む。
ただ、カウンターの本の横に置いて写真を撮ったら、少し地味だった。
角度を変えると、値札の束が入った。反対から撮ると電卓が入る。本屋なので、本屋の物が置いてある。こんな当然のことが、撮影では次々に問題になる。
値札を少し寄せて、電卓を本の後ろへ置いた。開いた本は閉じたほうが整って見えるので、閉じた。
落ち着いた、何もしない時間に見えてきた。
読むところだったんだけど。
写真を一枚撮って、湯飲みを持ち上げたら、その下に輪っかが残っていた。
拭こうとしたとき、スマホの中ではもう、私の休日が充実していた。
よかったね。そっちは片づけなくていいから。
何者
就職活動でつながる大学生たちの姿を通じて、自分の見せ方や他人への視線、自意識を描く長編小説。
鳴海のひと言
人の自己アピールを眺めては、よくやるね、と思ってしまう人に。就活をする大学生たちの話だけど、今回気になるのは、自分をどう見せるかと、人をどう見るか。上手な売り込み方の手引きが欲しいなら別の本を。私の写真が控えめなのは、控えめに見せるのが上手だったから、という可能性もあるので。出版社の公式試し読みを開く ↗
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鳴海の紹介と、本の詳しい情報を見る日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。