夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

ご自由にどうぞ

本をめくって読む

「ご自由にお取りください」と書かれた飴が、受付の人の目の前に置いてあった。

自由なのは分かった。少しよそを向いていてほしい。

一個取るだけなのに、「いただいていいですか」と聞いてしまう。紙に許可は出ている。でも、紙の横に人がいると、人のほうにも話を通したくなる。飴のために二か所を回っている。

「どうぞ、どうぞ」と言われて取った。二個目もいいのかは、また別の話らしいので一個にした。自由の範囲を読むのに、国語より神経を使う。

お菓子が最後の一個になると、さらに面倒だ。

さっきまで勝手に減っていたのに、急に誰も取らなくなる。「誰か食べない?」と聞く人がいる。その人の口も、まだ使えると思うんだけど。

私が「じゃあ」と手を伸ばすと、「あ、食べるんだ」と言われる。

募集してたよね。

最後の一個だけ、食べる人の名前と顔が残るのがよくない。二個目や三個目を食べた人は、もう無関係な顔をしている。箱を空にしたのは最後の人、ということになっている。

空き箱もその人の前にある。お菓子を一個もらったつもりが、箱の処分までついてきた。

だから個包装は助かる。持ち帰れば、その場で誰も私の食欲を確認できない。

ただ、あの小さい袋は、外へ持ち出すところまでは協力的なのに、食べようとすると急に態度が変わる。

「こちら側のどこからでも切れます」

切れない。

右端、真ん中、左端。こちら側はだいたい試した。袋は少し伸びた。こちらの指も少し赤くなった。お菓子にはまだ何の変化もない。

どこからでもいいと言われると、切れなかった場所を私が悪く選んだ気がしてくる。選択肢が多いのに、責任だけは一人分きっちり来る。

一か所でいい。そこだけ本気で切れてほしい。

切り口がついている袋も、油断はできない。あの小さい三角から裂いていくと、途中で斜めに進んで、袋の角だけ取れることがある。

取れた角は、小さいくせに妙に捨てにくい。指から離れないので、もう片方の指でつまむ。今度はそちらについている。中身には触れないまま、ごみと交代で握手している。

そういうときは、はさみを使えばいい。私にもそのくらいは分かる。

でも、「どこからでも切れます」を信じて、もう座ってしまった。立つほどの用事ではなかったはずなのに、立たないと先に進まない。おやつの途中ならともかく、まだ袋の途中だ。

この前、文具売り場ではさみを見た。刃の形や持ちやすさは外から分かる。よく切れそうだった。

そのはさみが、硬い透明の包装に閉じ込められている。

裏を見たら、開封にはさみを使うように書いてあった。

初めてはさみを買う人は、どこから始めるんだろう。

手元にはさみがある人だけが、次のはさみを持てる。文具売り場に、そんな厳しい家柄の話があるとは思わなかった。

刃を傷めないように、という注意書きもあった。包装を切る仕事は古いはさみに任せて、新しいほうにはきれいに登場してもらうらしい。

引退する人が、後任のために一番面倒な仕事をしている。

私ははさみを棚へ戻した。まだ使える一本がある。

あれには、この採用条件を知らせないでおこうと思う。

この話の一冊

誰のためのデザイン? 増補・改訂版――認知科学者のデザイン原論

D. A. ノーマン 著/岡本明・安村通晃・伊賀聡一郎・野島久雄 訳
新曜社

日常の道具と人の行動を認知科学の視点から考える一冊。人間中心のデザイン、使い方の手がかり、エラーが起こる理由などを扱う増補・改訂版。

鳴海のひと言

使いにくいものに出会うたび、自分が不器用ということで片づけている人に。道具の側にも事情を聞いてみたくて選んだ一冊。包装の開け方だけを知りたいなら、ちょっと遠回りだと思う。私ははさみを買うのに、はさみを持っている証明を求められるところが気になっている。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。