夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

セルフの私は、信用されていない

本をめくって読む

スーパーのセルフレジで、ペットボトルのバーコードを読ませた。

画面が「商品を袋詰めエリアに置いてください」と言った。

置いた。

「予期しない商品が置かれました」

さっき会ったでしょう。機械の中では、商品との関係が一秒で切れたらしい。

セルフレジは私に仕事を任せるけれど、判断は任せない。店員にはする。信用はしない。

もう一度持ち上げたら、今度は「商品を戻してください」と言われた。言われた通りに動くほど、私の動きだけが不審になっていく。

バーコードが読めない時も、こちらはボトルを回し、少し離し、近づける。機械は黙っている。失敗を見ている時だけ、ずいぶん落ち着いている。

やがて頭上のランプが赤く光った。呼んでいないのに店員さんが来る。困った人には、自分で名乗る前から旗が立つ。

店員さんがカードをかざすと、機械はすぐ静かになった。説明も反省もない。身分証には素直だ。

私は客だったはずなのに、途中だけ店員役を任され、最後は容疑者になった。

「セルフレジのほうが早い」と言う人もいる。たぶん、バーコードの居場所を全部知っていて、割引シールも袋も機械と意見が合う人だ。

古書店でエプロンを着ていると、私も急に質問される。

「この作家の本、どこにありますか」

知っていることもある。知らないこともある。でもエプロンは、店の在庫まで頭に入っている人が着る布に見えるらしい。

「分からないので探します」と言うと、少しだけ意外そうな顔をされる。検索窓が検索を始めたことに驚かれている。

制服は便利だ。誰が何をする人か、遠くから分かる。

同時に、その服の中にいる人が、何を知らないかは見えなくなる。

学校でも「学生らしく」と言われる。静かに勉強しろと言われたあと、若いうちはもっと外へ出ろとも言われる。

学生らしさは、ずいぶん勤務時間が長い。放課後まで制服の仕事が残っている。

それでも私は、カウンターに立つとエプロンの胸元を直す。役割があると、迷わずできることもある。

ただ、着た役割を本人の全部だと思われると困る。服は脱げるのに、期待だけがハンガーへ戻らない。

会計が終わると、セルフレジが「ありがとうございました」と言った。

読み取りも袋詰めも支払いも、ほとんど私がやった。

いちばん働かなかった人が、店員の挨拶だけ持っていった。

私はレシートを取って店を出た。店員役は終わった。でも最後まで信用されたのは、首からカードを下げた人だった。

この話の一冊

コンビニ人間

村田沙耶香 著
文春文庫(文藝春秋)

コンビニで十八年間働く古倉恵子が、「店員」でいる時に世界の歯車になれる感覚と、周囲から向けられる「普通」のものさしの間で生きる姿を描く、第155回芥川賞受賞作。

鳴海のひと言

制服やマニュアルは、役割をはっきりさせてくれる。その一方で、そこから外れた人をすぐ不具合のように扱うこともある。この本は、古倉恵子がコンビニ店員として世界にはまる感覚から、「普通」と役割の境目を見つめる小説。エプロンを着ただけで何でも知っている顔を求められたことがある人へ。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。