夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

ご意見は、大切に

本をめくって読む

「遠慮のない意見を」と言われて、遠慮しなかったら、まず字を小さくしてと言われた。

文化祭の反省を、一人一枚、色の付いた紙に書くのだそうだ。あとで廊下に貼るという。

配られたのは、薄い水色の紙だった。縁には花が印刷されている。先に花を咲かせておくと、苦情も同じ花壇のものに見えるらしい。

机には同じペンが何本も置かれていた。一本借りた。キャップの先に、灰色のゴムが付いていた。

「書き直せるから」と、係の子が言った。

書く前から、撤回する用意だけは整っている。

私は、休憩の時間に店を見て回れなかった、と書いた。交代の人が来なかったから。ようやく席を離れた時には、食べ物の店も終わっていた。紙の下の方に、お昼は白いごはんだけだった、と付け足した。

感想の紙には花がある。私のお昼には、具がなかった。残っていたのが白いごはんだけだったので。

「もう少し、柔らかく書けない?」

紙は、十分に柔らかかった。指で持つと、書いたところから垂れてくる。

灰色のゴムで全部消した。「交代の時間を、決めた通りにしてください」なら、一行で済んだ。

「いいね。そういう前向きなやつ」

後ろへ戻って、ごはんに何か載せてもらいたいだけなんだけど。

係の子は紙を集めながら、角を丸く切っていた。長く貼るので、折れたり汚れたりしないように、仕上げもするらしい。

「ずっと残すからね」

私より、その子の方が意見に熱心だった。

大事にしたい物へ、透明な袋をかけたくなる気持ちは分かる。

雨の日にもらう本屋の袋は、頼もしい。帰ってから外そうとすると、きれいな方の袋を捨てて、中の紙袋を残すことになる。何を守っていたか分からなくなるのは、用事が終わってからだ。

机の上のビニールにも、似たところがある。下へ紙を挟むと、片づけなくていい気がする。見えるけど触れない場所にしただけなのに、少し仕事を済ませた顔ができる。

私はあの下へ、あとで使うつもりのメモを入れて、使わないまま眺めていることがある。手を伸ばすたび、コップをどかす用事が先に来る。

意見の方は、コップをどかしてもらえるだろうか。

翌日、廊下には、つやつやした水色の紙が並んでいた。

花は咲いていた。

字が、一つもなかった。

「消したの?」と聞くと、「消してないよ。ラミネートしただけ」と返ってきた。

温めて、透明な膜で挟む、あれだ。

借りたペンの灰色のゴムは、こすった時の熱で文字を消す。その仕事を、機械が紙の両側から丁寧にやっていた。

係の子は、本当に、ずっと残すつもりだったのだと思う。

「何が書いてあったっけ」と聞かれた。

もう一度、あの交代の話を口にするのが面倒だった。ペンの説明を調べると、冷やせば色が戻ることがあるという。

私は自分の一枚をもらって帰り、袋に入れて、冷凍庫へ置いた。

翌朝、上の方は二つの文章が重なって、読みにくくなっていた。

下の方に、「白いごはん」と薄く読めた。

「ずっと残すからね」は、本当だった。

この話の一冊

本と鍵の季節

米澤 穂信
集英社・集英社文庫

放課後の図書室で当番をする堀川次郎と松倉詩門。持ち込まれる謎を二人が追う、全六編の連作ミステリ。文庫版は360ページ。

鳴海のひと言

話が片づいたと思ったところで、最初に見た物をもう一度見たくなった人へ。今度は、図書室へ持ち込まれる謎を二人でほどく連作を。開かずの金庫の相談など、六つの話があります。
私は、答えだけを聞いて済ませるより、物や言葉をどう拾うか、二人のやり取りから追いたい。出版社の案内にある、爽やかさだけでは終わらない苦みも気になる。説明書で正解を知るのとは違う寄り道を、一話ずつ楽しみたい日に。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。