夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

ポケットは、形だけでした

本をめくって読む

服のポケットに手を入れたら、指が止まった。

浅いのではない。入口のすぐ裏が、もう服だった。

タグには「飾りポケット」とあった。

何も入らないのに、入口だけはある。飾りなら、もう少しポケット以外の形をしていてほしい。花でも付いていたら、私も鍵を預けようとは思わない。

縫い目をほどけば使える物もあるので、裏返して見た。袋の部分がなかった。

見えていない所では、努力もしない。

ちゃんと入るポケットでも、スマホを入れた瞬間に服の形が変わることがある。片側だけ下がって、画面の四角い形まで外へ出る。さっきまで店の鏡で見ていた服に、急に私の持ち物が参加してくる。

写真の人は何も入れていない。両手だけ入れていることはある。

手には場所を貸せるのに。

鞄へ入れればいいのは分かる。その鞄も、小さいほうが身軽だと言われる。

この前見た小さな鞄は、財布とスマホを入れたら、ほぼ終わりだった。ハンカチは折り直せば入る。鍵は、どこかの隙間へ。

最後に文庫本を入れようとしたら、閉まらなくなった。

文庫は、本の中では遠慮しているほうだと思う。

表紙の角が少し出ているだけなので、留め具を引っぱってみた。本を持ち歩くために、本の角へ我慢させている。そこまでして、鞄の大きさを守る必要があるのか。

「必要最低限の物だけ入れて」と商品説明にあった。

鞄を買う前に、私の必要な物のほうを減らすことになった。

財布にも、薄くて小さい物がある。

持ってみると軽い。店では小銭もカードも入っていないので、ずいぶん有利な状態で審査を受けている。

私の財布は、小銭を出す所が狭い。十円玉が見えたので指を入れると、指で十円玉が隠れる。

いったん全部出したほうが早い。手のひらへあけたら、一円玉のほうが多かった。

財布を薄くするために、レジの前で小銭を減らそうとすることがある。後ろに人がいると、十円玉を見つけたあたりで諦める。

千円札を出す。

減らすつもりだった所へ、また小銭が帰ってくる。しかも、さっき探していた十円玉まで増えている。今ならすぐ出せるのに、もう出す用事が終わった。

ポイントカードも、何枚か入っている。

あと一つで何かもらえるカードは、捨てにくい。何がもらえるか忘れた物まで残っている。ここまで集めた、という途中だけで財布に住める。

一度、よく使う物だけ出してみた。財布は軽くなったけど、机に並んだ物が気になる。捨てたわけではないので、帰ればまだ私の物である。

荷物を減らしたあと、置いてきた荷物のことを考えている。

結局、飾りポケットの服も試着してみた。形は好きだったので。

店員さんが鞄を預かってくれた。鏡の前で少し横を向く。確かに、何も入っていない服はきれいだった。

「すっきり着られますね」と言ってくれた。

私の荷物を、両手で抱えたまま。

この話の一冊

不便益のススメ―新しいデザインを求めて

川上浩司 著
岩波書店・岩波ジュニア新書

手間をかけたり頭を使ったりするからこそ得られる良さを、デザインの視点から考える一冊。素数だけに目盛りがあるものさしなどを通じて、便利さとは違う価値を紹介する。

鳴海のひと言

ポケットがないことを、すぐに良さへ数えたくはない。手間をかけて面白くなる用事と、持ち物の行き場がなくなる用事。その違いを考えるために、この本を置いておく。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。