夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

訂正したところが、いちばん目立つ

本をめくって読む

値札を一枚、書き直した。

値段を間違えたわけではない。五百円の「五」が、勢い余って「六」になりかけていた。まだ五だったけど、本人に迷いが見える字だった。

修正テープを引いた。白い長方形ができた。数字より大きい。間違いは一文字だったのに、現場だけ広く保存された。

上から五百円と書いたら、お客さんがそこを見て、「前はいくらだったの」と聞いた。

隠す前まで、誰も知らなかった。隠した途端に、秘密として採用された。白い額縁までついている。

五百円です、と答えた。

「同じ?」

同じ。書き直して、情報量だけ増えた。値段の下に、私の字が下手だったという非公開情報が入っている。

消した言葉ほど気になるのは、紙だけではない。メッセージを消すと、「メッセージの送信を取り消しました」と残る。

文章はなくなったのに、何かあったことだけは全員へ配られる。削除のお知らせが、元の文章より長く働いている。

それで「何を消したの」と聞かれる。誤字だったと答える。どんな誤字か聞かれる。

説明しているうちに、消したはずの誤字は口頭で復元される。消去に立ち会えなかった人のために、再演まで用意される。

本には正誤表が挟まっていることがある。何ページの何行目が違い、正しくはこれです、と間違いの住所が書いてある。

正しい文字だけなら読み過ごしたはずなのに、訂正されるとその一行だけ覚える。間違いは直されたあと、急に読者を集める。

増刷で直った本には正誤表がない。失敗しなかったような顔で棚にいる。先に直された版より、昔の間違いを知っている人のほうが事情通みたいになる。

別に誤字を残してほしいわけではない。読めない名前や逆になった数字は困る。

ただ、直すことと、なかったことにするのは違う。修正テープは両方できる顔をして、実際にはかなり目立つ。

さっきのお客さんは値札をもう一度見た。

「六百円から値下げしたのかと思った」

なぜか少し残念そうだった。五百円の本が五百円では、物語が足りないらしい。

本は買っていった。会計のあと、私は値札を裏返した。

まだ何も書いていない面に、もう一度、五百円と書いた。

今度の「五」は、少し右へ傾いていた。

裏側なので、私だけが気づいた。

この話の一冊

失敗の科学

マシュー・サイド 著/有枝春 訳
ディスカヴァー・トゥエンティワン

医療、航空、司法、企業、スポーツなどの事例を横断し、組織や人が失敗を認めて学ぶ場合と、失敗を隠して同じ問題を繰り返す場合の違いを扱うノンフィクション。

鳴海のひと言

間違いを消した白い跡のほうが目立ってしまった人へ。失敗を個人の気合いや反省文ではなく、どう扱えば次に使えるのかという仕組みから見たい時の本。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。