新品の角は共有財産ではない
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鳴海の偏愛棚
コラムの順番は気にせず、気になる一冊から。
望月鳴海の店番日記 · 横書き
同級生に「消しゴム貸して」と言われたので、筆箱から出して渡した。
新品だった。まだ四つとも角がある、白くて四角い状態。消しゴムとしては一番よそ行きの顔をしていた。
返ってきたら、一つの角が丸くなっていた。
間違いは消えたんだと思う。その人のは。私の新品も一緒に消えている。
貸したのは消しゴムで、開封式まで任せた覚えはない。最初の角は、持ち主が自分の間違いに使うものではないのか。
どこから使っても同じだと言う人がいる。消しゴムの側から見ればそうだろう。減る場所に希望はない。
でも、最初にケーキを切る人は少し緊張する。右へ寄れば、左側の人が急に寛容さを試される。切った本人だけが「だいたい同じ」と言ってはいけない。
新品のノートも、最初の一ページだけ字がよそ行きになる。日付を丁寧に書いて、題名の下に定規で線を引く。二ページ目から、もう定規はいない。
一ページ目で字を間違えると、ノート全体が失敗したような気がする。まだ残りは百ページくらいあるのに、最初の四文字が代表取締役みたいな顔をする。
破ってやり直すと、今度はページ番号が一からずれる。何も書いていないうちから、帳尻だけ合わなくなる。
文具売り場には、失敗していない物ばかり並んでいる。ノートは全部まっすぐ閉じ、鉛筆は同じ長さで、シールは誰にも選ばれていない。
あそこでなら、私も字がきれいに書けそうな気がする。家に着くまでの効力だけど。
特に、少し高い便箋は危ない。紙に模様があるだけで、書く内容にも資格が必要になる。
「この前はありがとう」くらいでは、紙のほうが納得しなさそうだ。もう少し長年の誤解とか、海を越えた別れとかを用意してほしい顔をしている。
そんな事情はないので、便箋は残る。残しているうちに、買ったときより大事になる。何も書かなかった紙が、いちばん失敗していない。
消しゴムも、使わなければ四角いままだ。
でも消しゴムは、間違えたときに使うためにある。こちらの失敗を待って、きれいな顔で筆箱に入っている。感じが悪い。
さっきの同級生は「ありがとう」と言って返した。
お礼を言われると、角の件を持ち出しにくい。感謝には、細かい損傷をまとめて精算済みにする働きがある。
私は丸くなったところを見ながら、「うん」と言った。
次からは、角の丸いほうを向けて渡すことにする。
どこから使っても同じらしいので。便利な理屈は、持ち主側でも使える。
ツバキ文具店
鎌倉で小さな文具店を営みながら手紙の代書を請け負う鳩子が、さまざまな依頼人の思いに向き合う小説。依頼には友人への絶縁状、借金の断り、天国からの手紙などがあり、鳩子自身も亡き祖母への思いに気づいていく。
鳴海のひと言
文具そのものより、誰の代わりに何を書くかが気になる人へ。借りた消しゴムの角くらいで止まっている私と違って、鳩子は人の言いにくい言葉を預かる。代わりに書いた手紙は、どこまで本人の言葉になるのか。そこへ向かう仕事を見たくて、この本を選んだ。出版社の公式試し読みを開く ↗
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鳴海の紹介と、本の詳しい情報を見る日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。