夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

任意でお願いします

本をめくって読む

「任意提出です」と言われたプリントを、まだ出していない人の名前が読み上げられた。

任意は、出しても出さなくてもいいという意味だと思っていた。学校では、出さない自由には名前の読み上げがつくらしい。

成績には関係ありません、とも言われた。

成績には関係ない。教室の空気には、かなり関係する。

「できる人だけ手伝ってください」も似ている。誰も動かないと、先生が教室を見渡す。視線と目が合った人から、できる人になる。

能力って、そんな抽選だったっけ。

「分からない人は手を挙げて」も難しい。

自分が分かっていないと分かっていて、全員の前で腕を上げられるなら、かなり分かっている側だと思う。私は、どこから分からないのか考えているうちに次へ進まれる。

誰も手を挙げない。先生は「大丈夫そうだね」と言う。

大丈夫だった人は、一人も返事をしていない。

質問の形をしているけど、もう決まった答えが入っている。入れ替えようとすると授業が止まるので、だいたいそのまま使われる。

こういう言葉は、学校の外にも多い。

アンケートに「差し支えなければお答えください」と書いてあるのに、回答欄には赤い印がついている。空欄のままだと次へ進めない。

差し支える人だけ、画面の前に残される。

匿名アンケートで、学年とクラスと部活を聞かれることもある。名前は聞いていない。組み立てれば戻れる部品を、別々にもらっているだけだ。

匿名というのは、名札を外すことであって、誰か分からなくすることではないらしい。

最後に「率直なご意見をお書きください」という必須欄があった。

特にないので「特にありません」と書いたら、文字数が足りないと言われた。

ない感想を、規定の長さまで育てないと送れない。

仕方なく「特にありません。ありがとうございました」と書いた。急に礼儀正しい。内容が増えたわけではなく、出口に届くまで文字を並べただけだ。

送信後、「貴重なご意見をありがとうございました」と出た。

意見はなかった。お礼だけが往復した。

連絡用のグループでも、「確認した人は反応してください」と言われる。親指の印が並ぶ。

人数が増えるほど、元の連絡は上へ押し出される。確認したことを全員で報告して、確認する物を見えにくくしている。

しかも親指だけでは、読んだのか、賛成したのか、押せと言われたから押したのか分からない。分かるのは、指示に従える指があることだけだ。

任意のプリントには、学校生活について自由に書く欄があった。

私は「特にありません」と書いて提出した。名前を呼ばれないための提出なので、内容まで期待されると話が違う。

先生は一度見て、「もう少し何かない?」と返してきた。

自由に書けるはずの欄で、使えない答えを一つ覚えた。

私は「特にありません」の後ろに、「今のところ」を足した。

任意で増えたのは、私の字数だけだった。

この話の一冊

学校はなぜ退屈でなぜ大切なのか

広田照幸 著
筑摩書房

学校を、教育と社会化、目的と機能、知識と経験、道徳、平等、AIなどの論点から広い視点で捉え直す教育社会学の入門書。

鳴海のひと言

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。