夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

音を小分けにしないで

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道の向こうで、知らない人がこちらへ手を振った。

知らないけど、向こうは知っている顔をしている。学校の人か、店へ来た人か。名前を思い出すより先に、口の端が少し上がった。顔だけ先に知り合いになろうとしている。

私も手を上げかけたところで、後ろから「久しぶり」と声がした。

そちらだった。

私はこの人を知らない、という最初の判断だけが合っていた。合っていたのに、今いちばん変な姿勢をしているのは私だ。上げかけた手が胸の辺りにある。鞄を直すには高く、日をよけるには低い。

何かに使ってから下ろしたかったけど、手のために用事を作るのも面倒なので、そのまま下ろした。

猫なら、知らない相手に手を振っても、まだ自然に見えると思う。

この前、塀の上に猫がいたので、少し呼んでみた。普通の声では見ない。口の中で舌を鳴らしてみる。人間相手には出したことのない声まで使った。

猫の耳が一つ、こちらへ動いた。

そこまで届いたのは分かった。顔のほうへも伝えてほしい。

少し離れた所で、通りかかった人の買い物袋がかさっと鳴った。猫はそちらを向いた。

私は、空気をいろいろな形で出しただけだった。袋には何か入っている可能性がある。向こうの判断は早かった。

袋の音はよく通る。

映画館で、隣の人が飴の包みを開け始めたことがある。画面では二人が小声で大事な話をしていた。隣も、かなり大事そうに小さい紙を扱っていた。

かさ。少し待つ。かさかさ。

気を遣っているのは分かる。分かるくらい長く、少しずつ開けている。一度で破れば一回で済む音を、何回にも分けて丁寧に届けてくれる。

包みを動かすたびに、私は次の音を待つようになった。画面の人が何かを言いかける。隣の人も何かをしかける。今はどちらも途中なので、目だけ前に置いて、耳は横へ寄っている。

ようやく包みが開いた。飴が口へ入った。

終わりだと思ったら、紙を小さく丸め始めた。

食べるためには開けないといけない。そこは分かる。でも紙の体積は、今すぐ減らさなくてもいいのでは。丸める手の中で、さっきまでの音が少し硬くなって続く。

そして静かになった。しばらくして、画面に大きな車が出てきた。

追いかける車も出てきた。

隣の人は、もう一つ飴を取り出した。

今ならいいと思う。車が曲がる。タイヤが鳴る。こちらの用事を全部引き受けてくれそうな音になった。

その瞬間、隣の人は手を止めて、画面に見入った。

今、開けて。

この話の一冊

吾輩は猫である

夏目漱石 著
新潮文庫(新潮社)

苦沙弥先生の家に暮らす猫の目を通し、人間たちの珍談や小さな事件を描く、夏目漱石最初の長編小説。人間社会を風刺するユーモアに満ちた作品。

鳴海のひと言

猫に顔を向けてもらえないくらいで不満を言っていたけど、向こうが人間を観察して長い話にするのも、それはそれで落ち着かない。こちらがどう書かれるのか、気になる。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。