夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

食べたいものより、急いでいるもの

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冷蔵庫を開けたら、ヨーグルトが三つ並んでいた。

いちご、桃、プレーン。食べたいのはいちごだった。賞味期限が今日なのはプレーンだった。

私の気分より、日付のほうが発言力が強い。

プレーンを取った。別に嫌いではない。ただ、選んだというより呼び出された感じがする。

好きな味は、楽しみに取っておく。期限が遠いから、今日でなくていい。そうして大事にしているうちに日付が近づき、楽しみは急ぎの仕事になる。

少し高いプリンを買った時もそうだった。

今日は普通の日だから、もっとちゃんとした日に食べようと思った。ちゃんとした日は来なかった。代わりに、賞味期限の前日が来た。

夕食のあとでお腹はいっぱいだったけれど、食べた。ご褒美だったはずのプリンを、締切に間に合わせた。

容器の底まできれいに食べて、達成感だけはあった。

食べ物に達成感を求めた覚えはない。

スーパーでは、同じ商品なら日付の遠いものを選ぶ人がいる。

棚の奥へ手を伸ばし、手前の一個を持ち上げ、その後ろを取る。手前の一個は何度も面接されて、毎回、日付で落とされる。

まだ売り場にいていい期間なのに、長くいること自体が不利になる。新人が来るたび、昨日までの新人が古参になる。食品売り場の出世は速い。

後ろから取ったヨーグルトを家へ持ち帰ると、今度は冷蔵庫の奥へ入れる。

家には昨日買ったものがあるから、そちらを先に食べる。店で避けた順番を、自分の家で一から作り直している。

冷蔵庫の扉には、いつ開けたのか覚えていない調味料もいる。

ふたに書かれた賞味期限はまだ先なのに、横には「開封後はお早めに」とある。数字で話していた人が、途中から急に気分で決めてくる。

お早めとは何日なのか。昨日の私から見れば今日は遅めだし、来月の私から見ればかなり早い。

日付がないと、今度は私が期限の担当になる。メーカーは責任を渡したつもりだろうけど、受け取った記憶がない。

冷凍庫へ入れれば時間が止まるような気もする。

実際には、入れた日を忘れるだけだ。

凍ったパンの袋に日付を書こうとして、油性ペンを探す。見つからないので、とりあえず冷凍庫へ入れる。

次に見つけた時、パンは固く、記憶はもっと頼りなくなっている。保存したのは食べ物で、消したのは経歴だった。

私はプレーンヨーグルトを食べ終え、いちごを手前へ移した。

翌朝、今度こそいちごを取ろうとしたら、奥にプリンがあった。

賞味期限は今日だった。

私はプリンを食べた。

いちごのヨーグルトを、また手前へ戻した。

ふたの苺だけが、二日続けてこちらを見ていた。

この話の一冊

賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか

井出留美 著
幻冬舎

メーカー、流通、消費者を横断し、賞味期限の設定や商慣習、家庭での判断が、まだ食べられる食品の廃棄につながる構造を扱う新書。

鳴海のひと言

冷蔵庫を日付順の待合室にしてしまった人へ。数字を守るか無視するかの二択ではなく、その数字がどう決まり、売り場と家庭の行動をどう動かすのかを見たい時の本。

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Amazonのアソシエイトとして、After 6 Laboは適格販売により収入を得ています。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。