夕方の光が差す古書店。制服に深緑のエプロンを着た鳴海が、古い木のカウンターに座っている。

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望月鳴海の店番日記 · 横書き

空いている席には、荷物が座っている

本をめくって読む

空いている椅子に、鞄が座っていた。

昼休みの食堂は混んでいた。人は立っている。鞄は背もたれまで使っている。ずいぶん待遇がいい。

持ち主は隣の椅子でスマホを見ていた。鞄とは目が合わないので、本人に「ここ、空いてますか」と聞く。

「あ、荷物が」

見れば分かる。だから聞いている。椅子を使っているのが荷物なのか、荷物をどけたくない人なのか、その境目を確認している。

鞄は謝らない。持ち手を上にして、最初から一人分に数えられるつもりでいる。

持ち主が膝へ移すまで、私は空席に着席の許可を取った。椅子そのものには、ずっと歓迎されていたと思う。

荷物は、人より断り方がうまい。黙って置かれているだけで、「使っています」と「触らないでください」を同時に言える。

人が同じことをすると感じが悪いのに、鞄に任せるとただの状況になる。失礼を物へ外注すると、角が立たないらしい。場所は取るけど。

図書室にも、開いたノートと筆箱だけの席がある。本人はいない。勉強していた形だけが、本人より長く集中している。

十分たっても戻らない。けれど、ノートを閉じて端へ寄せる人はいない。持ち主のいない所有物は、持ち主がいる時より少し強い。

人なら「もう使わない?」と聞ける。筆箱は返事をしない。その無言が、たいてい「まだ使う」に採用される。

荷物には、離れてから何分たったかが顔に出ない。二分の離席も三十分の放置も、同じ澄ました形で机にいる。

鞄の中には腕時計が入っているかもしれないのに、こういう時は証言しない。身内に甘い。

私は空いている机を探して一周した。席を立った人より、席を立たなかった物のほうが図書室に詳しそうだった。

店でも、カウンターに本を積んで「これ、取っておいて」と言う人がいる。

いつまでか聞くと、「あとで来ます」。あとでは、時計にない時間だ。閉店までは待つ。でも明日のあとでまで、本に残業はさせられない。

本をよければ棚に戻せる。鞄や筆箱は勝手に戻す場所がない。物が場所を取るのは簡単で、場所を返すのは持ち主にしかできない。

そう考えながら、私は店の丸椅子にノートを置いた。棚の上の本を取りに行く、ほんの少しの間だった。

戻ると、お客さんが椅子の前に立っていた。

「ここ、使ってる?」

「使ってます」と答えてから、椅子の上を見た。

ノートが黙って座っていた。

私はそれを持ち上げ、鞄より言葉の遅い人として席へ戻った。

この話の一冊

断片的なものの社会学

岸政彦 著
朝日出版社

社会学者が実際に出会った、すぐには解釈しきれない日常の出来事や人びとの語りをめぐるエッセイ。平凡に見える生活の断片を、きれいな一つの結論へ急いでまとめずに見つめる。

鳴海のひと言

椅子の上の鞄みたいな、小さくて説明するほどでもない場面ほど、妙に残る。この本は、社会学者が出会った人びとの語りや解釈しきれない出来事を、分かった話に急いで畳まず見つめるエッセイ。日常の端に引っかかったものを、片づけずに眺めたい人へ。

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次は、何を読もう。

日記をもう一篇読むか、今の好みで本を探すか。気が向いたほうへ。